2023年8月、理事長の田崎ひろみが広島県福山市の環境保全課を訪問し、岡山県と広島県の一部にしか生息してない絶滅危惧種、「スイゲンゼニタナゴ」の保全活動について視察いたしました。

芦田川水系スイゲンゼニタナゴ保全地域協議会の事務局をしている、福山市環境保全課の佐藤様、神崎様、国の希少野生動植物保存推進員・広島県野生生物保護推進員を務め、30年以上にわたりスイゲンゼニタナゴの保全活動に尽力されている古本哲史様よりお話を伺いました。

 

スイゲンゼニタナゴについて

スイゲンゼニタナゴは、現在岡山県の吉井川・旭川・高梁川と広島県の芦田川水系の各々下流域でのみ確認されているコイ科の魚類です。

大きさは全長3~5cmほどで、日本のタナゴ類の中で最も小さく、中小河川や農業用水路の流れのゆるやかな場所に生息します。体側の青緑色のラインが背鰭(せびれ)前端より前方から伸びるのが特徴で、繁殖期の3月末~6月になるとオスは口唇や背鰭・尻鰭の外縁が鮮やかな朱色になります。

ごく近い将来に絶滅の危険性が極めて高いとして、環境省のレッドリストでは絶滅危惧種IA類に分類されています。法律においては、種の保存法で「国内希少野生動植物種」に、広島県条例で「指定野生生物種」に指定され、保全対象種とされています。

生態

スイゲンゼニタナゴは二枚貝のイシガイやマツカサガイに産卵して繁殖します。メスは産卵管を二枚貝の出水口に差し込んで数粒の卵を産み、卵は貝の中で稚魚となり、稚魚は泳げるようになるまで貝の中で守られて成長します。泳げるようになると貝から出てきて浮上し、水面の近くで群れて過ごします。イシガイなど二枚貝の幼生はドジョウやヨシノボリ類などの底生魚に寄生する必要があるため、スイゲンゼニタナゴの生息には二枚貝が生息できる砂泥底(砂と泥が混ざる)の河床と、多様な魚類の生息が必要となります。

スイゲンゼニタナゴ減少の要因

地域の都市化のため、河川や水路がコンクリート化され砂泥底の自然河床が減ったことにより、スイゲンゼニタナゴの繁殖に必要な二枚貝が減少、また、稚魚の育つ浅場の消失など、「生息環境の変化」が主な要因です。

特に、広島県の芦田川水系の野生個体群は、現在多くても数十匹と推定されています。

大正6年の水田 
 平成24年の水田
コンクリート化された用水路

 

芦田川水系スイゲンゼニタナゴ保全地域協議会

スイゲンゼニタナゴの保全活動は、1988年に福山市の私立盈進(エイシン)高等学校科学研究部が、用水路の改修工事に伴う保護活動を実施したことからスタートしました。その後、1993年に福山市でスイゲンゼニタナゴ保護増殖事業、2001~2008年には生息地回復事業が行われました。2009年にスイゲンゼニタナゴを守る市民の会が設立、2011年に宮島水族館にて採捕・人工受精継代飼育が始まりました。

2014年、スイゲンゼニタナゴの保全に本格的に取り組むため、地域住民、各種団体、有識者、行政機関等で構成される「芦田川水系スイゲンゼニタナゴ保全地域協議会」が設立されました。

協議会の取り組み

芦田川水系スイゲンゼニタナゴ保全地域協議会は、芦田川水系の個体群が健全かつ安定的に生息する状態の実現に向けて、以下の活動を行っています。

  • 現在の生息地の保全・改善・再生
  • 生息地の維持・管理・監視
  • 個体群の系統保全:保護・増殖
  • 将来にわたる保全のための普及啓発活動

 

活動紹介 

1.スイゲンゼニタナゴを守る市民の会
3~4か月に一度に市民や研究者が集まり、スイゲンゼニタナゴの現状を共有したり、福山市の自然環境についての情報交換を行ったりしています。

2.保護増殖事業(人工繁殖)
域外保全として人工受精により宮島水族館で約200匹、芦田川見る視る館で約60匹の稚魚を得ています

3.外来種の駆除

生息地においてホテイアオイ(水草)除去やアメリカザリガニの駆除を実施しています。

4.産卵母貝調査(地域住民等)

スイゲンゼニタナゴの産卵母貝となるイシガイ科の二枚貝の生息状況を調査してきました。

調査の様子

5.啓発展示(福山大学)
福山大学の学生が主体となり、図書館や市の施設、市立動物園においてスイゲンゼニタナゴの水槽展示を行っています。

6.出前講座(土地改良区)
福山市名産の「くわい」とスイゲンゼニタナゴについて出前講座を実施しています。

7.生息地の整備(福山市)
スイゲンゼニタナゴ生息地整備のため自然配慮型の水路を整備し泥上げや草刈りなどをしています。
8.環境DNA調査(岡山大学)

9.自動カメラによる密漁者の監視

10.スイゲンゼニタナゴシンポジウムの開催
ゼニタナゴ類の研究者や広島県・岡山県のスイゲンゼニタナゴの保全に関わる団体、環境省など多くの有識者に参加いただき、スイゲンゼニタナゴの状況と保全について議論しました。

繁殖地での自然繁殖 

保護増殖機関では人工受精によりスイゲンゼニタナゴの個体数を維持し続けていますが、長期間にわたる水槽飼育による家畜化(家魚化)のためか水槽に二枚貝を導入しても産卵行動を示しませんでした。これは将来的な自然環境への再導入に向けた課題となっていました。

そこで、廃保育所のプールを自然的な環境に整備して、二枚貝とスイゲンゼニタナゴを導入したところ二枚貝に産卵し、長期間水槽飼育個体でも自然繫殖能力を保持していることが示されました。

 

現状の課題

環境整備 

福山市のほとんどの水路が既に三面コンクリート化されてしまっているため、生息に適した水路はほとんど残っていません。わずかに残っている自然河床の水路も二枚貝の生息に不適な軟泥が厚く堆積している状況です。自然配慮型の水路の設置・維持管理や生息場所の浚渫工事等を行っています。

外来種やペットの放流

最後の野生個体群の生息地もアメリカザリガニが多く生息しています。また、人が飼えなくなって逃がしたり、放流した生き物が捕食者となる場合もあり、地域の人にペットは最後まで責任を持って飼育するよう呼び掛けています。

遺伝的な多様性の減少

堰や水門などにより生息地の分断孤立化や個体数減少によって近親交配が進んでおり、遺伝的多様性が急速に減少するボトルネック効果が進行

全ての淡水魚が減少

福山市ではスイゲンゼニタナゴだけでなく他のタナゴ類や淡水魚も生息数が減っています。スイゲンゼニタナゴだけでなく全ての生きものが生息できる環境整備をする必要があります。

人材不足

スイゲンゼニタナゴを含め、多くの淡水生物は田んぼや水路など人が手入れを続けた半自然的環境を利用して生き延びてきました。水草の刈り取り、水路の泥上げや保全活動を担う人員が必要であるため、将来も継続的に保全を進めるためにいかにして人材を育てるかが課題となっています。

地域住民への啓発不足

福山市の地域住民でも、スイゲンゼニタナゴを知らない人が多くいることが現状です。特に、子どもたちの知名度が低いのが大きな課題です。昔に比べて自然や生き物が減少してしまい、川で子どもたちが生き物と触れ合う機会が少ないことと、身近な街中の水路で生き物を見ることができないため、環境教育の機会が減っています。

スイゲンゼニタナゴは種の保存法によって飼育や捕獲が禁止されており、個体数も少なく気軽に展示ができないので、誰も興味がなくなってしまう懸念が大きくあります。

 

解決策と今後の取り組み

地域の子どもへの啓発として、JAC環境動物保護財団の助成金で啓発動画を作成をしています。    小学生1人1人に配布されているタブレット端末で、いつでもスイゲンゼニタナゴについて学ぶ環境を整えることや、YouTubeなどの動画サイトへのアップも検討しています。 
→啓発動画が完成したのでYouTubeにアップされました。ぜひご覧ください。(2024/1/30現在) 
https://www.youtube.com/watch?v=bYmUhK3atIQ                                                        

絶滅危惧種は自然豊かな山奥にしか生息しないと思われがちですが、人が活動する身近な環境こそ、絶滅危惧種は生息しているということを知って、まずは関心を持ってもらうことが重要です。

福山市環境保全課の神崎様よりメッセージ

貴重な生きものは手つかずの大自然に生息すると思いがちですが、スイゲンゼニタナゴのように生活に身近な環境にも貴重な生きものがいます。一人でも多くの方に身近な自然に目を向け関心をもっていただくことが絶滅回避につながると考えています。

 

芦田川水系スイゲンゼニタナゴ保全地域協議会では、Facebookで活動内容を配信しています。週1ペースで更新されているそうなので、是非チェック、「いいね!」「シェア」をお願いします。

Facebookページ 

福山市環境保全課(芦田川水系スイゲンゼニタナゴ保全地域協議会)

 

参考ページ

環境省 スイゲンゼニタナゴ

環境省中国四国地方環境事務所 野生生物課【注意】スイゲンゼニタナゴの取り扱いについて

環境省 スイゲンゼニタナゴ保護増殖事業計画(04/07/29)

環境省中国四国地方環境事務所 スイゲンゼニタナゴの保護対策(21/05/31)

農林水産省・国土交通省・環境省 スイゲンゼニタナゴ保護増殖事業計画(04/07/29)

農林水産省 スイゲンゼニタナゴ Rhodeus atremius suigenis (Mori)

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